山の上で、しかし座っている
今日は顕現後第4主日。福音書はマタイから、山上の説教。イエスが山の上から教えた場面で、特に最初の「心の貧しい人々は幸いである」から始まる「真福八端」は有名です。
今日は顕現後第4主日。福音書はマタイから、山上の説教。イエスが山の上から教えた場面で、特に最初の「心の貧しい人々は幸いである」から始まる「真福八端」は有名です。
今日は顕現後第3主日。福音書はマタイから、イエスの宣教開始と4人の漁師を弟子にする場面。ナザレからカファルナウムの町に移って宣教を開始するイエス。そして「人間をとる漁師にしよう」と漁師たちに呼びかけ、ペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネがイエスに従い弟子となります。イエスの宣教は「ガリラヤ」から始まります。
今日は顕現後第2主日。福音書はヨハネから、イエスと洗礼者ヨハネの様子。そしてヨハネの弟子がイエスについていく様子が描かれます。ヨハネが「見よ、神の小羊だ」と言うと、ヨハネの二人の弟子がイエスに従います。どこに泊まっているのか聞く弟子たちにイエスは「来なさい、そうすればわかる」と答え、弟子たちはそこについていきます。
今日は顕現後第1主日。顕現日の大切な意味である「イエスが洗礼を受けた」ことを記念するための主日です。福音書はマタイから主イエスの洗礼。ヨルダン川で洗礼を授ける洗礼者ヨハネのところにイエスがやってきて、洗礼を受けようとします。ヨハネは「私こそ。あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところに来られたのですか」と止めようとしますが、イエスは「今はこうさせてもらいたい」とヨハネから洗礼を受けます。そこで天から「これはわたしの愛する子」という声が聞こえるのです。
まだお正月気分ですが、今日は2026年最初の主日になります。顕現日との兼ね合いもあって、時々消えてしまうこの「降誕後第2主日」は、別名「聖家族」の日とも言われ、イエスが子どものころ、父ヨセフが生存していたころ家族で過ごしたことを覚える日になっています。福音書は毎年マタイから、ヨセフが父として一家を導き、天使のお告げによってベツレヘムからエジプトへ、エジプトからナザレへと移っていった様子が読まれます。
クリスマスが過ぎて、最初の日曜日。ヨハネによる福音書からイエスの誕生の意味について。「初めに言があった」と、わかりやすいようでわかりにくい言葉が続き「イエス誕生の意味」を告げます。「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿った」と、ヨハネは語ります。
クリスマスおめでとうございます。ルカによる福音書からイエス誕生の美しい場面が読まれました。羊飼いたちに天使が現れ、救い主の誕生と民への救いを告げます。そして羊飼いたちは救い主イエスを探し当て、イエスに会いに来ます。マリアはそれらの出来事を心に留め、思い巡らしていました。わたしたちはクリスマスの出来事を良く知っています。保育園の聖誕劇も何回も見ていますし、毎年クリスマスのお話も聞いています。だからあまり疑問に思うことはないのですが、このクリスマスの出来事はとても不思議な出来事だと思います。いや、現代に置き換えたら恐怖体験かもしれませんね。
降臨節も第3主日となりました。今日の福音書はマタイから洗礼者ヨハネの登場。イザヤ書の「荒れ野で叫ぶ声」の預言も引用されています。ヨハネは悔い改めの洗礼を多くの人に施し、厳しい言葉で教えます。
降臨節も第2主日となりました。今日の福音書はマタイからイエスの誕生。ルカと違って、ヨセフにスポットが当たったお話になっています。マリアと婚約していたヨセフは、マリアの妊娠を知らされたので密かに離縁しようとします。しかし天使のお告げによって心を変えてマリアを迎え入れ、イエスが誕生した、という話です。イエスの名を「神はわたしたちと共にいる」という意味で「インマヌエル」と呼ばれる、という予言の言葉もここに引用されています。ここでヨセフは「正しい人であった」と記されています。その正しい人はマリアを「密かに離縁しようとした」とあるのですが、この「正しさ」ってどういうことなんでしょう。
今日から降臨節。教会は新たな一年の始まりです。福音書はマタイになり、終末についての箇所が読まれます。「目を覚ましていなさい」とイエスは警告します。