説教要旨

「信じる」を知る

2026年04月12日

復活節も早いもので2週目になりました。福音書はヨハネから、イエスの復活とトマスの迷い。使徒たちが恐れて閉じこもっているところにイエスが現れ「あなたがたに平和があるように」と告げ、聖霊を授けます。そこにいなかったトマスは疑い「わたしは見て、触って確かめなければ信じない」と言っていると、1週間後にイエスが現れたのを見てトマスが復活を信じるようになった、という流れです。イエスは最後に「見ないで信じるものは、幸いである」と呼びかけます。

ガリラヤへ

2026年04月05日

イースターおめでとうございます。木曜日に雪が降りましたが、だいたい溶けましたね。この溶け方の早さは「やっぱり春になったんだな」と感じさせられます。イースターは、ヨーロッパの人たちにとっては春を告げるお祭りでもあります。内地の方だと、もう桜が咲いていると聞いていますが、北海道だとちょうど春が始まるころで「復活」「命」という、イースターの大事なポイントをしっかり感じることができていいと思っております。福音書はマタイから、復活の様子が読まれました。マグダラのマリアともう一人のマリアが墓に行ってみると、墓をふさいでいた石が転がって開いており、そこに天使がいて「あの方はここにはおられない」「復活なさったのだ」と恐れる二人に告げます。そしてさらに「あなた方より先にガリラヤに行かれる」と言います。そ...

過ぎ越していく

2026年03月29日

今日は復活前主日。いよいよ今週は聖週です。「聖週」とはイエスのエルサレム入城を記念する復活前主日から始まり、十字架の死を通って復活する復活日までの1週間のことです。毎日、それぞれの出来事を記念した礼拝が行われます。今年も木曜日と金曜日に予定していますので、ぜひ参加してみてください。今日の福音書はマタイからこの1週間の出来事、イエスの受難の様子が読まれます。主の受難については4つすべての福音書に書かれており、細かい部分の違いはありますが、基本的な流れは同じです。毎年朗読箇所が変わりますので、少し気が重い箇所ではありますが、読み比べてみると良いでしょう。

今日は大斎節第5主日。福音書はヨハネからラザロを生き返らせる場面。ラザロが死んで四日後にベタニアにやってきたイエス。マルタとマリアの姉妹と多くのユダヤ人たちが悲しんでいるところに到着します。マルタもマリアも「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言います。イエスが憤りを覚えて墓に行き「ラザロ、出てきなさい」と呼びかけると、ラザロは生き返って墓から出てきます。

今日は大斎節第4主日。福音書はヨハネからイエスが生まれつき目の見えない人を癒やす場面。弟子たちが「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか」と尋ねますが、イエスはそれを否定し「神の技がこの人に現れるためである」と言い切ります。目が見えるようになったその人はファリサイ派の人々に問い詰められますが、イエスのことを信じると言い切ります。

ggrks

2026年03月08日

今日は大斎節第3主日。福音書はヨハネからサマリアの井戸での話。疲れてヤコブの井戸のところで休んでいるイエスのところにサマリア人の女性がやってきて、イエスと問答します。そして、多くの人がその女性の話を聞いてイエスを信じるようになる、という流れです。最後に、イエスを信じるようになったサマリアの人々は、その女性に対して「もうあなたが話してくれたからではなく、自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であるとわかったからである」と言います。

新たに生まれる

2026年03月01日

今日は大斎節第2主日。福音書はヨハネからニコデモとの問答。ファリサイ派の一人であったニコデモが夜、イエスのところに来て質問をします。イエスは「人は新たに生まれなければ神の国を見ることはできない」と言い、そのことに驚いたニコデモにさらに「誰でも水と霊から生まれなければ、神の国に入ることはできない」と告げます。

今日は大斎節第1主日。福音書はマタイから荒れ野の誘惑。霊に導かれて荒れ野に行ったイエスは四十日四十夜断食してから空腹を感じます。そこに悪魔が現れ、「石をパンに変えること」「神殿の屋根から飛び降りること」「自分(悪魔)を拝むこと」という誘惑をかけてきますが、イエスはその誘惑を退けます。その後、天使たちがイエスに仕えたとマタイは記しています。

手を触れて

2026年02月15日

今日は大斎節前主日。福音書はマタイから、イエスの姿が変わる場面。毎年この箇所が読まれ、水曜日から大斎節に突入します。ペトロとヤコブとヨハネの3人だけがイエスと共にいて、イエスの姿が光り輝く姿に変わります。モーセとイザヤも現れてイエスと語り合い、そこにペトロが口をはさみます。こうしているうちにイエスの姿が見えなくなり「これはわたしの愛する子。」という神の声が聞こえ、イエスだけがそこに残っている、という流れです。マタイではイエスが弟子たちに近寄って「手を触れて」「恐れることはない」と3人の弟子に言うのです。

ずっと未完成

2026年02月08日

今日は顕現後第5主日。福音書はマタイから、山上の説教の続き。「地の塩、世の光」「律法について」の箇所が読まれました。「塩に塩気がなかったら外に放り出される」「灯をともして升の下に置く人はいない」そして、「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない。完成するために来たのだ」とイエスは語り掛けます。

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