失われたもの
今日の福音書は「徴税人ザアカイ」のお話。エリコを訪れたイエスを一目見ようと奮闘して木に登る徴税人ザアカイがイエスに出会います。ザアカイはそれまでの行いから自分の行動を180度変えて人々に返すと宣言し、イエスは「人の子は失われたものを探して救うために来た」と言います。
今日の福音書は「徴税人ザアカイ」のお話。エリコを訪れたイエスを一目見ようと奮闘して木に登る徴税人ザアカイがイエスに出会います。ザアカイはそれまでの行いから自分の行動を180度変えて人々に返すと宣言し、イエスは「人の子は失われたものを探して救うために来た」と言います。
今日の福音書は「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ。ファリサイ派の人と徴税人との祈りの姿勢についてイエスがたとえ話を人々に語ります。神殿でファリサイ派の人と徴税人がそれぞれ祈りをささげますが、義とされたのは徴税人の方だった、という内容です。
今日の福音書は「やもめと裁判官」のたとえ話。神を畏れず人を人とも思わない裁判官のところにやもめがやってきて、裁判をしてくれるように頼みます。最初は相手にしていなかった裁判官ですが、ひっきりなしにやってくるので根負けして裁判を開いてやった、というたとえ話をイエスが語り、「神は、昼も夜も叫び続ける選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでも放っておかれるであろうか」とまとめています。
今日の福音書は「10人の規定の病を患っている人が癒された」お話。イエスのところに10人の既定の病を患っている人がやってきたので、イエスはその人々に祭司たちに体を見せに行くように告げます。しかし、途中で癒されていることに気がついて戻ってきた人は1人でした。イエスはそのことを嘆き、戻ってきた人に対しては「あなたの信仰があなたを救った」と言います。
今日の福音書は「信仰」について。使徒たちが「信仰を増してください」とイエスに願います。するとイエスは「からし種一粒ほどの信仰があるのなら、この桑の木に『根を抜き、海に植われ』と言えばいうことを聞くであろう」と諭し、僕の信仰について話をします。「命じられたことをみな果たしたら『わたしどもは役に立たない僕です。すべきことをしたにすぎません』と言いなさい」とイエスは言います。
今日の福音書は「金持ちとラザロ」のたとえ。生前は金持ちの家の門の前に横たわっていたラザロが死後天の国に入る一方で、金持ちは地獄で苦しみます。そこには深い淵があって渡れず、自分の兄弟たちに警告しようとしてもできないと言われてしまいます。「もし、モーセと預言者に耳を傾けないならば、誰かが死者の中から復活しても、その言うことを聞き入れはしないだろう」とイエスは警告します。
今日の福音書は「不正な管理人」のたとえ。自分の主人の証文を勝手に書き直して、自分の居場所を作ろうとした管理人をイエスが褒めます。イエスは「ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である」と説き聞かせ、最後に「あなたがたは神と富とに仕えることはできない」と言います。
今日読まれた福音書は2つの「無くしたものが見つけられた」お話。羊、そして銅貨が見出されます。このお話で大事なのは「たとえ話である」ということです。何をたとえたのかと言えば、「罪びとが悔い改める」ということ。神さまに従う道から逸れてしまった人が再び神さまの道を一緒に歩くことができるようになったということです。だからこそ神さまが喜ぶ、そして「宴」が必ず行われるのです。
本日の福音書は「弟子の条件」とサブタイトルがつけられており、「わたしの弟子とは自分の命や親兄弟を憎み、自分の十字架を負ってわたしの後をついてくる者でなければならない」と、イエスが言う場面です。
本日の福音書は「高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」というイエスの勧めです。「お返しができない人」を招きなさい、とイエスはいうのです。